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昭和のプロレス名勝負!


昭和のプロレス名勝負!

アントニオ猪木 vs ハルク・ホーガン

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロレス界で起きた事件として、必ず名前が上がるのが、
 1983年6月2日、蔵前国技館で行われた、
 『アントニオ猪木 vs ハルク・ホーガン』 戦で起きたm
 いわゆる、”「猪木舌出し失神事件” である。

 

 

 

 猪木自らが提唱した、プロレス界の最強の男を決める大会として、
 設立された、”IWGPリーグ戦” の決勝で起きた出来事は、
 次の日に、一般紙でも報道されるぐらいの、衝撃的なインパクトを、
 世間に与えることとなった。

 

 

 

 同点で最終戦を迎え、勝った方が優勝という状況で行われた試合は、
 誰もが、猪木の優勝で終わると思っていた。

 

 

 

 しかし、試合開始から20分過ぎに、事件は起こる。

 

 

 

 場外戦でもつれ合い、ホーガンが猪木に背後から、
 アックスボンバーを見舞う。

 

 

 

 猪木は、鉄柱に頭をぶつけフラフラに。
 その間に、ホーガンはリングに上がり、猪木を待ち受ける。

 

 

 

 エプロンまで必死に戻った猪木に対して、
 ホーガンが、ロープ越しにとどめの、アックスボンバー!

 

 

 

 転落する猪木。
 しかし、立ちあがって反撃に転じるに違いない。

 

 

 

 そう誰もが思っていたが、猪木はピクリとも動かない。

 

 

 

 騒然とする中、カウントは進み試合はホーガンの勝利に終わる。
 まさに衝撃の結末だった。

 

 

 

 もともとホーガンは、猪木を尊敬しており、猪木のスタイルを、
 マネしてのし上がってきた、珍しい外国人レスラーであった。

 

 

 

 ホーガンの代名詞である、「イチバーン!」 の叫びも、
 ある意味、猪木のマネである。

 

 

 

 その猪木を倒しての優勝だけに、大喜びするかと思えば、
 当惑した表情を浮かべる、ホーガン。

 

 

 

 この様子が後に、「やはりプロレスは八百長ではないか!?」 と、
 ネタにされることとなる。

 

 

 

 逆に言えば、”プロレスは筋書きのないドラマ” と、
 いうことを証明した試合であった。

 

 

 

 

 


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